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ドロワットとは?エチオピアの祝祭を彩るシチューの魅力

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エチオピアの祝祭に欠かせない赤いシチュー

1月7日。エチオピア正教会の信者たちが待ちわびたクリスマスの日が訪れます。この祝祭の食卓に必ずと言っていいほど登場するのが、鶏肉をスパイスで煮込んだ赤いシチュー、ドロワットです。

「ドロ」が鶏肉、「ワット」がカレー状の煮込み料理を指すこの一皿は、エチオピアにおいて特別な位置を占めています。日常の食卓よりも、正月や結婚式、イースターといった祝祭の場でふるまわれるごちそうとして知られ、その調理には手間と時間が惜しみなく注がれます。

エチオピア料理の基本となるのが、バルバレと呼ばれるスパイスミックスです。これを用いた辛味の効いたシチューを、酸味のあるパン「インジェラ」と共に食べるのが現地のスタイル。発酵したテフ粉のパンとスパイシーなシチューの組み合わせは、一口食べればその魅力に引き込まれることでしょう。

なぜドロワットが祝祭の中心に据えられるのか。その理由は、単なる美味しさだけではありません。手間ひまかけて作られるこの料理には、お祝いの場に相応しい特別な意味が込められているのです。

名前に秘められた意味とは

「ドロワット」という響き、何か不思議な魅力を感じませんか。この名前を分解すると、エチオピアの食文化への入り口が見えてきます。「ドロ」は鶏肉を指し、「ワット」は煮込み料理の総称です。つまり、鶏肉のシチューと訳せるのですが、ここで一つ問いを投げかけてみましょう。

ワットの定義は、実は一筋縄ではいきません。「カレー状の料理」と説明されることもあれば、「シチュー」と訳されることもある。さらに「煮込み」という表現も見受けられます。どれが正解なのでしょうか。それとも、これらすべてがワットの多様な姿を表しているのかもしれません。

エチオピア料理においてワットは、バルバレ(Berebere)と呼ばれる辛い調味料と肉や野菜を煮込んだ、まさに食卓の中心となる存在です。ドロワットはその中でも特別な位置を占めており、正月や結婚式などお祝いの席で振る舞われるごちそうとして知られています。日常の食事を超えた、ハレの日の料理なのですね。

赤い色の正体:バルバレの魔力

ドロワットを特徴づける鮮やかな赤色。その源は、エチオピア料理に欠かせないバルバレというスパイスミックスです。トマトペーストと相まって、煮込むほどに鍋の中身は深みのある赤色に染まっていくのです。

バルバレとは、唐辛子をベースに、コリアンダー、カルダモン、クローブ、ジンジャー、ナツメグ、オールスパイス、フェヌグリークなど十数種類のスパイスを配合したもの。それぞれのスパイスが織りなす香りの層が、ドロワットに複雑でスパイシーな風味を与えます。口に運ぶと、まず唐辛子の辛味が届き、その後に様々なスパイスの香りが追いかけてくる。この多層的な味わいこそが、バルバレの真骨頂なのです。

ところが、日本でドロワットを作ろうとすると、大きな壁にぶつかります。バルバレそのものが入手困難なのです。そのため、日本のレシピでは一般的なスパイスを組み合わせて代用されることが多くなっています。現地の味とは微妙に異なるかもしれませんが、唐辛子と数種のスパイスを合わせることで、あの赤い色と風味を再現しようとする工夫が見られます。本場の味を知る人には物足りないかもしれません。それでも、スパイスの配合を調整しながら、それぞれの家庭や店で「自分なりのバルバレ」を探求している姿があるのです。

手間ひまかかるごちそうの真実

エチオピアの家庭でドロワットが食卓に上るのは、正月や結婚式といった特別な日にかぎられます。日常の食事ではなく、来客をもてなすごちそうとして位置づけられているのですね。

ところが、レシピを調べてみると煮込み時間の記述に大きなばらつきがあります。あるものでは30分ほどで完成とされ、別のものでは半日、あるいは一日がかりとされています。なぜこれほどの差が生まれるのでしょうか。

その答えは、玉ねぎの扱い方にあります。本場の伝統的な調理法では、水をほとんど加えず、玉ねぎから出る水分だけでじっくりと煮込んでいきます。大量の玉ねぎを炒め、そこから滲み出る旨味を丁寧に引き出す。この工程を省くと、確かに時短は可能ですが、同時にドロワット本来の深みも失われてしまうのです。

鶏肉は下茹でして灰汁を取り、塩やレモンをすり込んで臭みを消す。卵はゆで卵にして最後に添える。一手間一手間が、祝いの席にふさわしい味わいを構成しているのですね。

一口で広がるスパイスの深層

熱々の鍋から立ち上る湯気とともに、鼻腔をくすぐる複雑な香りが漂ってきます。スプーンで掬ったその一欠片を口に運ぶと、まずは唐辛子の鋭い刺激が舌の表面を駆け抜ける。しかし、その刺激は単なる辛味だけではありません。後からじんわりと押し寄せる旨味の波が、口の中全体を包み込んでいく感覚があります。

この多層的な味わいを支えているのは、エチオピア高原という地理的背景です。標高の高い土地で育まれた独自の食文化が、濃厚なシチューの形をとって表れているのでしょう。温かいドロワットを、酸味のあるインジェラで包んで口に運ぶ。すると、発酵独特の酸味が辛味を程よく中和し、新たな味のバランスが生まれます。この相性の良さは、長い歴史の中で磨かれてきた知恵そのものかもしれません。一度味わえば、その深みに引き込まれる理由がわかります。

起源をめぐる謎と諸説

ドロワットがいつ頃から食卓に登場していたのか、その問いに答える明確な資料は存在しません。鶏を使うドロワットに限らず、ワットと呼ばれる料理全体の出自についても、確たる記録が残っていないのが現状です。料理の起源を探ろうとすると、どうしても推測の域を出ない。そんなもどかしさを感じずにはいられません。

一方で、歴史の空白を埋める興味深い説があります。およそ1世紀から7世紀頃に栄えたアクスム王国時代、すでにワットの前身となる料理が存在した可能性が指摘されています。テフなどの穀物を用いた何かが、やがて現在の形へと変化していったという見方です。ただしこれもあくまで仮説の域を出ず、確証を得るには至っていません。

資料が残っていないという事実は、同時にこの料理が長いあいだ口承で受け継がれてきたことをも示唆しています。文字に残らなくても、味と作り方は人から人へと確かに受け継がれてきたのでしょう。起源の謎が解けない今でも、ドロワットがエチオピアの食卓に欠かせない存在であることに変わりはありません。

食卓の向こうに見えるエチオピア

鶏肉をじっくりと煮込み、スパイスの香りを染み込ませた一皿。ドロワットは、エチオピアの祝祭において欠かせない存在として親しまれてきました。1月7日のGenna(クリスマス)やFasika(イースター)といった宗教的な祝日、あるいは結婚式といった人生の節目に、人々はこの料理を囲んで祝宴の中心に据えます。作るのに手間がかかることから、日常の食卓ではなく特別な日のごちそうとして位置づけられているのですね。

日本で再現する際は、バルバレ(Berebere)というスパイスミックスが手に入らなければ、唐辛子とコリアンダー、カルダモン、クローブ、ジンジャー、ナツメグ、オールスパイス、フェヌグリークなどを組み合わせて代用できます。トマトペーストをベースに、レモンの酸味を少し加えると本場の味に近づくでしょう。煮込み時間を十分に取ることで、鶏肉に香りが馴染み、奥行きのある味わいが生まれます。

インジェラと共に手で食べる習慣を想像してみる。その作法を知ることは、エチオピアという国の祝祭の風景や人々の価値観に触れることと通じています。料理を知ることは、その土地の文化を知る第一歩なのかもしれませんね。

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