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はじめに
こんにちは。シェフレピの池田です。今回は「パンチェッタ」についてお話ししていきたいと思います。イタリア料理店のメニューで見かけたり、料理番組で耳にしたりすることはあっても、実際にどんな食材なのか詳しく知らない方も多いはず。実はこのパンチェッタ、イタリア料理には欠かせない重要な食材なんです。
豚バラ肉を塩漬けにして熟成させたこの加工肉は、ベーコンとは似て非なるもの。燻製の香りがないぶん、豚肉本来の旨味がダイレクトに感じられるのが特徴です。カルボナーラやアマトリチャーナといった定番パスタから、スープや炒め物まで、その活用範囲は多岐にわたります。今回は、そんなパンチェッタの魅力を余すところなくお伝えしていきます。
豚バラ肉が生まれ変わる、イタリアの伝統加工肉
パンチェッタ(Pancetta)とは、イタリア語で「豚バラ肉」を意味する言葉。そのまま豚バラ肉を指すこともありますが、一般的には豚バラ肉を塩漬けにして熟成させた加工肉のことを指します。日本では「生ベーコン」と呼ばれることもありますが、これは燻製していないベーコンという意味合いから来ています。
製法はシンプルながら奥が深い。豚バラ肉の塊に塩をすり込み、黒こしょうやハーブ、スパイス、ニンニクなどで風味付けをして、じっくりと熟成・乾燥させていきます。この過程で余分な水分が抜け、肉の旨味が凝縮されていくんです。熟成期間は最低でも1週間以上。長いものでは数ヶ月に及ぶこともあります。
面白いのは、地域によって巻いたり平らにしたりと形状が異なること。北イタリアでは円筒状に巻いた「パンチェッタ・アロトラータ」が主流で、中部から南部では平らな「パンチェッタ・テーザ」が一般的です。どちらも基本的な製法は同じですが、形状によって熟成の進み方や使い勝手が変わってくるんですね。
古代ローマから続く、豚肉保存の知恵
パンチェッタの歴史は古く、その起源は古代ローマ時代にまで遡ると言われています。当時から豚肉は貴重なタンパク源として重宝されており、冷蔵技術のない時代に肉を長期保存する方法として塩漬けが発達しました。
特に豚バラ肉は脂肪分が多く、塩漬けにすることで保存性が高まるだけでなく、熟成によって独特の風味が生まれることから、各地で様々な加工法が編み出されていきました。パンチェッタもその一つで、イタリア各地の気候や風土に合わせて独自の製法が確立されていったのです。
中世になると、修道院や農家で作られるパンチェッタは重要な保存食として位置づけられ、冬の間の貴重なタンパク源となりました。豚を屠殺する秋から冬にかけて仕込まれたパンチェッタは、翌年の夏まで保存がきく優れた食材だったんです。現代でこそ一年中手に入りますが、本来は季節の恵みを大切にする知恵の結晶だったわけですね。
燻製なしで引き出す、豚肉本来の旨味
パンチェッタの最大の特徴は、なんといっても燻製をしないこと。ベーコンが燻製によってスモーキーな風味を纏うのに対し、パンチェッタは塩漬けと熟成だけで仕上げます。これにより、豚肉本来の甘みや旨味がストレートに感じられるんです。
食感も独特です。しっかりと熟成されたパンチェッタは、脂身の部分がとろけるような柔らかさになり、赤身の部分は適度な歯ごたえを残します。薄切りにすると、まるで生ハムのような繊細な口当たり。でも生ハムよりも脂肪分が多いので、加熱すると脂がじゅわっと溶け出して、料理全体に豊かなコクを与えてくれます。
風味の面でも、燻製していない分、香辛料やハーブの香りがダイレクトに感じられます。黒こしょうのピリッとした刺激、ローズマリーやタイムの爽やかな香り、ニンニクの芳醇な風味…これらが渾然一体となって、複雑で奥深い味わいを生み出しているんです。まさに、シンプルだからこそ素材の良さが際立つ、イタリア料理の真髄と言えるでしょう。
地域で異なる、個性豊かなパンチェッタたち
イタリアは南北に長い国土を持ち、地域によって気候や食文化が大きく異なります。パンチェッタも例外ではなく、各地で独自の製法や味付けが発達してきました。
北部のエミリア・ロマーニャ州では、豚肉の品質にこだわった上質なパンチェッタが作られています。特にパルマ近郊では、生ハムで有名な豚を使ったパンチェッタが評判です。ここでは円筒状に巻いた「アロトラータ」タイプが主流で、スライスすると美しい渦巻き模様が現れます。
一方、中部のトスカーナ州では、フェンネルシードを効かせた個性的なパンチェッタが人気。野生のフェンネルが自生するこの地域ならではの味付けで、独特の甘い香りが特徴的です。形状は平らな「テーザ」タイプが多く、厚めにカットして炭火で焼いて食べることもあるんだとか。
南部に行くと、唐辛子を効かせたピリ辛のパンチェッタも登場します。カラブリア州の「パンチェッタ・カラブレーゼ」は、地元産の辛い唐辛子をたっぷり使った刺激的な味わい。パスタのアマトリチャーナに使うと、ピリッとした辛さがアクセントになって絶品なんです。
こうした地域差は、単なる味の違いだけでなく、その土地の歴史や文化を反映しているんですよね。旅をしながら各地のパンチェッタを味わうのも、イタリアの楽しみ方の一つかもしれません。
塩と香辛料が織りなす、シンプルで奥深い材料構成
パンチェッタの材料は驚くほどシンプル。基本となるのは豚バラ肉と塩、そして黒こしょう。これに各種ハーブやスパイス、ニンニクなどを加えて風味付けをします。
豚バラ肉は、脂身と赤身のバランスが重要。脂身が多すぎると熟成中に酸化しやすくなり、少なすぎると旨味が物足りなくなります。理想的なのは、脂身と赤身が層になった美しいマーブル模様を持つ肉。イタリアでは、どんぐりを食べて育った豚や、特定の品種の豚が珍重されています。
塩は、単なる調味料ではなく、水分を抜いて保存性を高める重要な役割を担います。粗塩を使うことが多く、肉の重量の2.5〜3%程度を目安に使用します。塩加減は熟成期間や気候によって調整が必要で、職人の腕の見せ所でもあります。
香辛料やハーブは、地域や作り手によって様々。定番の黒こしょうに加えて、ローズマリー、タイム、セージ、月桂樹の葉などがよく使われます。ニンニクは生のまますり込むこともあれば、乾燥させたものを使うことも。最近では、ジュニパーベリーやコリアンダーシードなど、個性的なスパイスを使う生産者も増えているようです。
これらの材料が、時間をかけてゆっくりと馴染んでいく過程で、パンチェッタ特有の複雑な風味が生まれるんです。シンプルだからこそ、素材の質と職人の技が問われる。まさに、イタリア料理の哲学が凝縮された食材と言えるでしょう。
時間が育む味わい、伝統的な熟成の技
パンチェッタ作りの要は、なんといっても熟成工程。塩漬けから始まり、乾燥、熟成と続く一連のプロセスは、まるで時間の芸術のようです。
まず、豚バラ肉の表面に無数の小さな穴を開けます。これは塩や香辛料を肉の内部まで浸透させるための工夫。フォークや専用の道具を使って、丁寧に穴を開けていきます。次に、塩と香辛料を混ぜ合わせたものを、肉の表面にまんべんなくすり込みます。特に脂身の部分は念入りに。このとき、マッサージするように揉み込むことで、調味料がしっかりと肉に馴染むんです。
塩漬けの期間は、肉の大きさや気温によって変わりますが、通常は1週間から10日程度。この間、毎日肉から出た水分を捨て、必要に応じて塩を追加します。水分がしっかり抜けたら、表面の余分な塩を洗い流し、乾燥工程に入ります。
乾燥は、温度と湿度の管理が重要。理想的なのは、気温10〜15度、湿度60〜70%の環境。イタリアの伝統的な製法では、風通しの良い地下室や専用の熟成庫で、自然の風に当てながらゆっくりと乾燥させます。この期間は最低でも3〜4週間、長いものでは数ヶ月に及びます。
熟成が進むにつれて、肉の色は深みを増し、表面には白いカビが生えることも。これは良性のカビで、過度な乾燥を防ぎ、独特の風味を生み出す役割があります。完成したパンチェッタは、しっかりとした弾力があり、切ると美しい断面が現れます。
現代では温度管理された熟成庫で作られることが多いですが、伝統的な製法にこだわる生産者も少なくありません。自然の気候に委ねることで生まれる、その年ならではの味わい。それもまた、パンチェッタの魅力の一つなんです。
まとめ
パンチェッタは、イタリアが生んだ豚肉加工の傑作です。燻製をしないことで引き出される豚肉本来の旨味、地域ごとに異なる個性的な味付け、そして時間をかけてじっくりと熟成させる伝統の技。これらが一体となって、他では味わえない独特の美味しさを生み出しています。
ベーコンとは似て非なるこの食材は、カルボナーラやアマトリチャーナといったパスタ料理はもちろん、スープや炒め物、サラダのトッピングなど、実に幅広い料理に活用できます。最近では日本でも手に入りやすくなり、自家製に挑戦する人も増えているようです。
シンプルな材料と製法でありながら、奥深い味わいを持つパンチェッタ。それは、素材の良さを最大限に引き出すイタリア料理の哲学そのものです。次にイタリア料理を楽しむ際は、ぜひパンチェッタの存在に注目してみてください。きっと、新たな美味しさの発見があるはずです。
さいごに
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