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深海の大トロ、その正体とは
海面から数百メートル下。太陽の光が届かない暗がりに、全長1.5メートル前後にもなる魚が身を潜めています。これだけ聞くと、どこか恐ろしい深海の生物を想像するかもしれません。しかし、この魚は脂の乗りが圧倒的で、地元では「深海の大トロ」と呼ばれて親しまれてきました。
その名を、アブラボウズと言います。
名前からも想像できる通り、油を多く含む魚です。文献資料によれば、明治30年代には小田原周辺で主要漁獲種として見られ、「オシツケ」「オッツケ」と呼ばれる地域食として存在していました。この記事では、名前の由来と生態を確かめながら、かつて「食用不可」とされた時代があったという通説の真偽にも迫ります。深海の大トロと呼ばれる味わいの理由をひも解き、未利用魚から地域の味へと評価を変えてきた道のりもたどります。
海の底でひっそりと生きてきた魚が、なぜ人々の食文化に刻まれることになったのか。その物語は、深海の暗がりから始まります。
アブラボウズはどんな魚?名前の由来と生態
「あぶらぼうず」という名前を聞いて、まず何を思い浮かべるでしょうか。深海魚らしいずっしりとした存在感と、どこかユーモラスな響きが同居しているように感じます。この名前の正体をたどると、魚そのものの生態がくっきりと見えてきます。
アブラボウズはギンダラ科に分類される海水魚です。全長は1メートルを超え、最大で全長180センチ・体重90キロに達する大型種です。北太平洋の深海、水深400メートルほどの岩場を中心に生息し、東京都伊豆大島の水深約1000メートルにも生息するとされています。頭部は丸みを帯び、体色は暗灰色。深海魚らしい、どっしりとした印象の体つきです。
この魚の名前の由来は、文字どおり「油」にあります。水中深くに生息するため、体の約40%が脂肪分であるとされ、その脂肪の多さから「油坊主」の名で呼ばれるようになったとされています。深海の冷たい水圧のなかで身を保つには、それだけの脂が必要だったのでしょう。名前がそのまま生態を物語っているわけです。
成長にともなって姿も変わります。若いうちは体表に白い斑模様がはっきりと現れますが、成熟するにつれて濃い灰色へと変化していきます。ただし、老成した個体でも、よく観察するとうっすらと斑模様が残っているといいます。深海の暗がりでは目立たないかもしれませんが、水揚げされたときに見ると、その変化の跡がうかがえます。
旬は冬季とされています。この時期に水揚げされた個体は、名前の由来となった脂肪分の多さもあって、濃厚な味わいになるとされています。
「食用不可」の汚名?アブラボウズの歴史と誤解
かつて、アブラボウズは「食用不可」のレッテルを貼られた時代があったとされます。いまでも解説書やウェブサイトに、そんな記述を見かけることがあるかもしれません。しかし、この通説は本当に正しいのでしょうか。
市場魚貝類図鑑の記録は、この通説を否定する内容です。「まったくの濡れ衣」——図鑑はそう断じています。実際、この魚は多くの量が市場に出回った時期があり、古くは同科のギンダラよりも知名度が高かった時代もあるといいます。食用不可の魚が、そんな扱いを受けるはずがありません。
では、なぜ「食用不可」という汚名が広まったのでしょうか。ひとつの手がかりは、この魚の脂の強さにあります。脂が強い魚ではあるがゆえに、鮮度の落ち方や調理の難しさが誤解を生んだ可能性は十分に考えられます。もっとも、これはあくまで推測の域を出ません。
歴史を辿ると、見えてくるのは「汚名」と「実態」のずれです。食用不可とされた時代があったとしても、それはアブラボウズの価値を否定するものではありません。脂の強さをどう扱うか。その問いこそが、この魚の評価を塗り替える鍵なのかもしれません。
深海の大トロと呼ばれる所以
小田原では昔から「オシツケ」の愛称で親しまれてきた魚がいる。アブラボウズです。
この魚の魅力の核心は、やはり脂にあります。深海でゆっくりと成長した体には、驚くほどの脂肪が蓄えられます。その脂の強さが、大トロを思わせる豊かな味わいを生み出します。脂の甘みが口の中に広がり、噛むほどに深みが増す。そんな印象を抱かせる魚です。
ただし、脂が多いことは諸刃の剣でもあります。傷みやすく、調理の仕方を誤れば、その強さがくどさとして立ち現れることもあります。実際には、この脂こそが魅力の源泉です。身はしっとりと柔らかく、脂の質そのものが料理の幅を広げてくれます。本種の脂は人体に有害な成分が含まれておらず、流通は禁止されていません。
文献資料によれば、明治30年代には小田原周辺で主要漁獲種として見られ、「オシツケ」「オッツケ」と呼ばれる地域食として存在していました。現在も神奈川県小田原市では特産魚として知名度向上が図られています。特別な日のごちそうというより、地域の食卓に自然と溶け込んできた味。その存在感は、まさに深海の大トロと呼ぶにふさわしい。
誤解を解かれた深海の恵み
海の底でひっそりと暮らしてきた魚が、地域の食卓では昔から立派な主役だった。文献資料によれば、明治30年代には小田原周辺で主要漁獲種として見られ、「オシツケ」「オッツケ」と呼ばれる地域食として存在していたとされます。神奈川県小田原市では現在も特産魚として知名度向上を図っており、地域に根づいた食文化として受け継がれています。
市場の流通に乗りにくかった魚は、時に「利用されていない」と見なされることもあります。しかし、地域に根づいた食べ方があるのなら、それは未利用ではなく、守り継がれてきた味です。
誤解が解けた先にあるのは、変わらない食文化の重なり。深海の恵みは、これからも小田原の食卓で語り継がれていくのでしょう。























