5月 31, 2021

9年過ごしたフランスでの2つのスパイスの思い出

9年過ごしたフランスでの2つのスパイスの思い出

小泉敦子さん|フランス料理人

「フランス料理では、新しい食材に対して寛容なんです」と小泉シェフがいうように、異国からもたらされるスパイスがフランスの料理人たちの感性を刺激しています。それはフランス料理の歴史を紐解いてみても明らかです。

現在私たちが良く知るようなフランス料理の祖先にあたるフランス中世の貴族たちに振るまわれていた料理では、家禽やジビエが食卓に好んで並べられていました。冷蔵庫がなかった時代、保存や衛生の観点から肉はまずは茹でることから始まりました。そのあと、ロティ(あぶり焼く)された肉は、酸味とスパイスを強く利かせたソースを添えて供される。たとえば、マスタードは中世のソースをそのまま残している珍しい食材です。

ショウガやシナモン、クローブ、コショウ、ナツメグ、サフランといったスパイスの名前が14世紀の宮廷料理人、タイユヴァンが残した料理書『ヴィアンディエ』に記されています。スパイスは、異国からわざわざ輸入してきた高価な食材であり、それ自体が貴族たちのステータスにもなっていたのです。

フランスで当たり前にあるスパイスがうらやましかった

パリの二つ星レストラン「ティエリー・マルクス」に入る以前、日本で働いた10年間では、それほどスパイスの知識はなかったと、小泉シェフは振り返ります。

フランスは、北アフリカや東南アジアなどに植民地を多くもっていた歴史がありますから、実際に暮らしてみてスパイスの多様さに驚いたものです。厨房でも、日本ならバニラやカカオといった食材は、デザートに使うという感覚でしたが、ティエリー・マルクスの厨房に入ってみると当たり前のようにコショウとかと合わせて料理に使っていたりしていました

パリ7区の老舗百貨店「ル・ボン・マルシェ」の地下の食材売り場に行けば、目が回るほどの種類がのスパイスが売られています。パリ2区には、フランスを代表するシェフ、オリビエ・ローランジェ氏のエピスリー(スパイス専門店)「エピスリー・ローランジェ」もある。フランスの料理人たちはみな、「さあ、スパイスに挑むぞ」という異国の食材への姿勢ではなく、すでに自分たちのものになっていることに「うらやましく感じた」と小泉シェフは話します。

一緒に働いているシェフ・ド・パルティ(部門シェフ)だったり、スーシェフ(副料理長)は、私よりも若い人も多くて。そういった人たちから新しいスパイスなんかも教えてもらうことは結構ありました。なかには三つ星から移ってきた子とも働いたりしたんですけども、『アルページュ(パリの三つ星)で使っていたスパイスない?』とか。そういう新しい発見が楽しくて、『それなに? それなに? ちょっと発注のおじさんに聞いてみる』といって役職としての上下関係なく教えてもらっていました

私の好きな五大スパイスがあるんです」と、小泉シェフはフランス時代の思い出とともに5つのスパイスを教えてくれます。

①スモークパプリカパウダー
②カルダモン
③カルダモン・ノワール(黒カルダモン)
④山椒
⑤ティミュットペッパー(ネパール高山で採れるコショウ)

なかでもスモークパプリカパウダーは、小泉シェフにとって憧れの地、バスク地方を代表するスパイスです。

フランスとスペインの国境付近のバスク地方は、近年美食の街として注目されています。2つの国の文化だけでなく、中央アジアにルーツをもつケルト民族の文化も入り込んでいるヨーロッパでも珍しい地域。こうした混成文化に小泉シェフは、とくに興味と憧れを持っていたといいます。

勝手にバスク料理の啓もう活動というか(笑)、スモークパプリカパウダーは、いろいろな料理に使って紹介しています。たとえばマッシュルームのアヒージョにちょっと入れるだけで香りがついておいしくなるんです。少量持ってると料理が楽しくなるので、今回のレシピで気にってもらえたら、常備してもらいたいですね

師・ティエリー・マルクス氏との旅の思い出「馬告」

世界的なシェフ、ティエリー・マルクス氏の元で9年間、仕事をしてきた小泉シェフは、海外のイベントに帯同してオーストラリアのメルボルンや、台湾の台北、イスラエルのテルアビブといった都市で現地の食文化や料理人に触れてきました。

メルボルンも台北もテルアビブも、いろいろな文化が混ざってる場所で、食材が豊か。どこも『超楽しかった!』という思い出です。厨房に入れば、さまざまなルーツを持った人たちが一つの厨房で働いていて。そのなかで、私も『フランス料理のシェフのアシスタントが日本人』っていう独自の存在で、その一部だったのかなぁと。そんなように混じれば混じるほど、文化は深まっていくのかなとも思っています。もちろんさまざまな問題は生まれると思うので、お互いちゃんと理解しようっていう気持ちがあるのは前提ですけどね

そうした海外での仕事で発見した食材の一つが、今回のレシピでも使われている馬告(マーガオ)です。台湾古来のスパイスで、コショウのような黒い粒状の形をしています。9年ほど前にレストランフェアを行うマルクス氏に帯同した際に現地の料理人に紹介してもらったものでした。

海外にいくと、お互い拙いフランス語と英語でどうにかコミュニケーションをとるんです。台北も例外じゃなくて。そんななかで漢字で書かれた見たこともないスパイスがあったんです。それは、英語にもフランス語にもない食材。日本語ならわかるかなと思って調べても出てこなくて。『世の中には知らないもんがまだたくさんあるんだなぁ』と思って、小瓶に入ったような量を買ってフランスに帰ったんです。それが馬告だったんです

フランスに帰ってから調べてみてもわからず、手にも入らない。もちろん使っているシェフも出会うことができなかったなかで、近年注目されるようになって初めて「馬告(マーガオ)」と呼ぶことを知ったといいます。

ようやく知れて嬉しかったような半面、こんなにブームになるんだったらあのとき声高にいっておけばよかったって思うところもあります(笑)。馬告は、”私の五大スパイス”にも入っている山椒のような香りがするんだけど痺れはなくて、フルーティーでジューシーな香りがするんで大好きなんです。今回のレシピで肉や魚に合うことはわかっていただけると思うんですけど、私はデザートにも使えると思うんです。使い慣れていないからこそ、いろいろな夢が広がる馬告を、まずはシェフレピで体験してもらいたいなと思っています

料理人としてできること

今回のレシピでホロホロ鳥を使うことが決まった際、小泉シェフから「岩手県の石黒農場さんのホロホロ鳥を使えないでしょうか」という相談を受けました。農場主の石黒幸一郎さんが、今から30年以上前にホロホロ鳥の飼育を始めたのが始まりで、国産の需要がまだなかった時代から長い時間をかけて飼育と販売、啓蒙活動に取り組み、今では日本中のレストランが「石黒さんのホロホロ鳥を使いたい」とリクエストが届くほど、日本のホロホロ鳥を文化にまで昇華させたパイオニア的存在です。

もちろん小泉シェフが、日本に帰国して総料理長を務めていた「ティエリー・マルクス銀座」でも使っていた食材でもあります。

コロナ禍でレストランでの供給が少なくなっているなかで、レストラン向けの卸業者さんや生産者さんがとても困っているということはよく聞いていました。それは石黒さんも同じ状況で、今は注文が減っているそうです

これまでずっとお世話になってきた石黒さんのホロホロ鳥を、こんな時期だからこそ少しでも多くの人に料理して食べてもらいたい。日本にもこんなにおいしいホロホロ鳥があるだということを知ってもらいたい。そんな思いが、今回のホロホロ鳥のバロティーヌのレシピの奥に込められています。

「ホロホロ鳥、フランス語で『パンタード』と呼ばれいます。フランスではとてもスタンダードな食材で、鶏肉とはまた違った味わいのお肉です。日本における飼育の第一人者である石黒さんのホロホロ鳥を使わせていただくことができて、とてもに幸せで嬉しく思っております。ホロホロ鳥を食べるのが初めての方も多くいらっしゃると思いますが、初体験でも楽しんでいただけるようなレシピにしていますので、ぜひ挑戦してみてください」

 

小泉敦子●こいずみ・あつこ
1998年辻調理師専門学校グループ フランス校卒業後、レストラン ミクニ・マルノウチなど国内のレストランで研鑽を積む。来日していたフランス人シェフのティエリー・マルクス氏に「フランスで働きたい」と直談判したことがきっかけで2008年に渡仏。ボルドー地方ポイヤックの「シャトー・コルデイアン=バージュ」で働き始めると頭角を現し、2011年にマルクス氏が「マンダリン・オリエンタル・パリ」に開業した「シュール・ムジュール」でスーシェフを務めた。2016年にマルクス氏が東京・銀座「ティエリー・マルクス銀座」を開業するにともない総料理長として帰国。現在は、フリーになり次のステージへの準備期間としてインプットに務めている。
Twitter:https://twitter.com/atsuko_mayuyou
Instagram:https://www.instagram.com/atsuko_mayuyou/?hl=ja

このシェフが作ったレシピ

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