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h.b.|枯朽
レシピ(英語:Recipe、仏語:ルセット、Recette)の歴史を紐解くと、現在のイラク南部・バビロニアで発見された紀元前17世紀頃の粘土板に記されたものが現存最古とされています。
バビロニアでは、古代文明のなかでも古く、紀元前61世紀頃(!)までには農耕が始まっていたとされ、シュメール語と呼ばれる世界で最古とされる文字も生まれました(紀元前32世紀頃)。
農耕によって食物が安定し、街が生まれて定住が進むと、文字が生まれて知識や経験が次の世代に受け継がれていくことで文明は成熟していく。そうしたなかで食物の調理法の継承を目的としてレシピが必要とされるようになっていったようです。
料理を決めて買い物せず食材を見てから考えるように
レストランで仕事をしてきたh.b.シェフにとって「レシピ」とはどんなものでしょうか。
「料理人にとってのレシピは、毎日安定して考えた料理を提供するために必要なものです。極端な話ですが、たとえば毎日食材が届いてから料理を決めて、その場で最適な料理を作っていくのは、とても大変なことです。そこでレシピで決めた中で、その日の天候やゲストの好み、食材の状態や個体差にあわせるような微調整で、毎日の料理のクオリティを保つためのものでした」とh.b.シェフは、自分の経験を振り返りながらレシピの役割を話してくれます。
また以前のシェフレピで、古くからあるフランス料理「フリカッセ」のレシピを読み込んだエピソードを話してくれたように、料理を記録するためのものでもあるといいます。
h.b.シェフ自身が感覚的に作った料理であっても、レシピの分量の割合だけは書き残すようにしているといいます。一度料理を作ってから時間が経ってもゼロから新しく考える必要がないように、次に作るときにさらによい料理にするためのベースにするためです。そのためレシピは、毎回アップデートするもので、分量や工程をその通りになぞって完成させるものではないと考えています。
「レシピの”理屈”を理解したうえで、食材に合わせたり、日々の改善していくほうが料理が上達すると思うし、その方が色々な料理に応用が効くと思うんです」
そのことは、プロの料理人だけでなく、料理上手になりたいと思っている一般の人たちにも同じことがいえるといいます。たとえば、レシピを見ながら料理を作る場合でも、レシピを追いながら「この食材はこうしたらおいしくなるのか」というちょっとしたコツやポイントを考えながら料理を作ることで、応用力がついてくるのです。
「応用力がつくと、食材から料理を決められるようになる。そうすると日々の買い物も変わってくると思います。買い物に行く場合、作る料理を決めてから、使う食材を買いにスーパーに入ると思うんですが、応用力がつくと、作る料理を決めずに買い物に行ける。スーパーで見つけたおいしそうな食材を起点に何を作ろうかなと考えるようになるんです。それに作る料理を決めてから食材を買うと、使いきれずに余る食材が出るじゃないですか。そういうこともなくなると思います」
着地点から工程を考えると焦らずにできる
h.b.シェフの新しいレッスン「着地点から考える“肉の火入れ”の楽しさ」では、レシピに温度や加熱時間は記載されているものの、動画のなかでしきりに「数字は目安」「肉の状態を見ながら」「変わってきましたね」といった言葉を繰り返し、レシピをなぞるのではなく、レシピの本来の意味を伝えようとする場面が多くあります。
「着地点」という言葉も意識して使っており、h.b.シェフ自身が、「どう肉を焼きたいか」「どんな料理を目指すのか」という目標を伝えようとしています。
「『料理が苦手』という人のなかには、もしかしたら出来あがりのイメージがないまま、レシピを追いかけるだけになっている人もいるのではないかと思います。いきあたりばったりに調理を進めていき、あわてながら調理を行った結果、失敗する。そういった経験が”苦手”という意識になっているのではないでしょうか」
着地点を想像すること――。とはいえ、行ったことがない場所の景色を想像するのは難しいのと同じで、これまで料理を作ったり食べたりした経験がないと着地点を想像することすら難しいのではないでしょうか。
「そんなに難しく考えなくていいんですよ。たとえばSNSで見た『焦げた表面と断面の赤い色のステーキ』の画像とかでもいいんです。その憧れの料理を『自分の家で作りたい!』というのも立派な着地点ですから。それに、お店の料理も家の料理も、どちらも人が作っているもの。できないことはありませんよ」
なおシェフレピの場合は、着地点がきちんと設計されているので、料理の道筋をイメージすることが大事だといいます。ミールキットが届いたらレシピシートを確認し、最低1回は調理動画を見てから始める。そうすることで、途中で慌てたり失敗することがなくなるはずとh.b.シェフは予習を勧めます。
内側が見えない肉だからこそ、五感で感じて焼く
「肉の火入れ」は、「着地点」にいたるための道筋が幾通りもあり、どこを選んでどう向かっていくかでアプローチが違ってきます。h.b.シェフ自身も「何百回、何千回と肉に火を入れてきましたけど、包丁で切るときは『大丈夫かな』と毎回心配に思う」というほど、終わりのない仕事の一つだそう。
「火入れしながら、『ああ、弾力が変わってきてるなぁ』とか、『表面の肉の表情がかわってきたなぁ』、『もう1分火を入れるか、ここでやめるか。中心が生だったらどうしよう』ということをいつも考えているんですよ(笑)。火入れには、一応のロジックはありますが、触ったり香りをかいだり、色をみたりと、いろいろな角度から情報を集めて外から見えない肉の中を想像しながらドキドキしているわけです。それがすごく楽しいんですよ」
「考えて作ることは楽しい」とh.b.シェフ。肉焼きは最たるものだといい、料理を学ぶことは、この楽しさを得るためのもので、決して学ぶことが目的ではないといいます。
「今回、レッスン名に『楽しさ』という言葉を入れたのもそこで、この本能的な楽しさをぜひ多くの人に感じてほしい。肉を切ってきれいな断面が見えた瞬間なんて、めちゃめちゃ気持ちがいいですから(笑)」
着地点を定めたら、そこからどんな景色が見えるか楽しみにしながら向かっていく。料理は、調理前から調理中、そして出来あがりまで地続きで楽しむことができることこそが、料理を作って学ぶ醍醐味なのです。
h.b.●エイチ・ビー
福岡県生まれ。高校卒業後、大阪の調理師専門学校に入学。卒業後は大阪市内のミシュラン一つ星のフランス料理店に勤務し、フランス料理から料理人の基礎を学ぶ。その後、東京に移り、ビストロで料理長兼店長を務めた。現在は独立準備のかたわら、「枯朽」の屋号でポップアップイベント「間借り」などを行い、料理を作り続けている。
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連載「料理上手になるには」は、シェフレピでレッスンを監修しているシェフたちに、味付けや調理の上手さだけではない、日々の暮らしのなかで心地よい食生活を送っている“料理上手”な人たちについて話してもらう連載企画です。
関連商品:「着地点から考える“肉の火入れ”の楽しさ」「フランス家庭料理で学ぶ 料理の基本」